しふみんの日記

しふみんの日記です。

ゆめにっき4

人狼殺で人狼だとなぜか音声出力が小さくなり声量の大小で人狼が分かってしまうという致命的なProbremがスプリント振り返りで出て、チームメンバーで頑張って音声出力の差を調節して声量の大小で人狼が分からないようにした(めでたい)

前回までのゆめにっき

僕が生きてるこの街は不思議を潜め呼吸してる


[J-POP] 堂本剛 - 街

入浴中に突如電流が走って高校生の頃堂本剛の街が好きでよく聞いていたことを思い出した。少なくともテン年代以降に街のことを思い出したことがなかったので、今日初めてどこかで配信されているかなと思って調べてみたけどどこにも配信されて悲しくなった。ジャニーズだからそれはそうという気もするけど、嵐みたいに配信解禁もワンチャンないこともない。

3つ前の日記もそうだったけど、なぜか今になって昔のことを思い出すことが多くて当時の回想シーンでイベントCGがどんどん回収されていく。

コワーキングスペースを解約した

コワーキングスペースを契約した」という日記を書く前にこの記事を書くことになるとは。とはいえこの情勢だと仕方なし。コワーキングスペース自体は自分には合っていたと思うので落ち着いたら再契約すると思う。

電子書籍を読むための道具としてのiPad

電子書籍を読むための端末は自分だとPC(Windowsデスクトップ、Macラップトップ), iPad, iPhoneが候補となる。当初は読書の際もディスプレイが大きい方が効率が良いと考えてPCから外部ディスプレイに表示させて読んでいた。確かに大きなディスプレイで電子書籍を写すとページめくりや遷移は少なく済むけど、なまじディスプレイが大きいため視線の移動が多くて目が疲れれる。特に34インチウルトラワイドは横に長いのでとにかく地獄だった。無理して2ページレイアウトで読む必要がない説はある。
じゃあiPhoneはどうか。iPhoneだと流石にサイズが小さすぎる。Kindleのリフロー型の書籍だとギリギリ戦えるけど、固定レイアウト型やPDFは厳しい。消去法でiPad電子書籍表示用端末としてちょうどいいサイズだなと感じている。
iPadはサイズがちょうどいいというのもあるけど、""端末側""を移動させることができる点も読書には向いていると感じる。PC(ディスプレイ)はどうしても固定されがちなので,、表示との距離や位置関係を調整するためには自分の位置と姿勢を調節する必要がある。したがって姿勢の維持が少ししんどいし、結果としていつの間にか猫背になりがち。これは机と椅子の高さとディスプレイの位置関係が悪い説はある。しかし、iPadは自分の位置を変えずともiPadの端末側の位置を手で移動させるて表示との距離と姿勢を調整できるの猫背になりづらい楽な姿勢で読書することができる。ソファでくつろぎながらベッドでゴロゴロしながらの読書にも使える。

そういうわけで、電子書籍を読む端末としてもiPadは優れているなと思いました。

PSYRENの雨宮桜子

大学生の頃、PSYRENの雨宮桜子にとてもお熱だった。熱量のあまり誰かに熱く語っていたと思う。「と思う」と書いたのはそのお熱だったことを今年に入るまで10年近く完全に忘れていたからだ。誰に熱く語っていたかも忘れてしまった。恐らくオタクの誰かと思うけど。しかも、お熱だった割にはコミックスを全巻揃えるどころか1巻も持っておらず、人の家で読むか立ち読みでたまに読むかしかしていなかった。なので、PSYRENの話の全体像もいまだに知らない。
ちなみに、雨宮桜子が好きだった理由は水色髪で赤縁メガネだからだった。


とりあえず、雨宮桜子が表紙の2巻までポチっておいた。即積ん読状態になってしまったので読むのはいつになるか分からないけど。

思い出せないだけで、かつてあれほどまでに真剣で切実だった思いが綺麗に失われている似たような出来事がたくさんあるんだろうな。

不健全なポートフォリオ

以前の日記でコロナショックによる下落の話を書いたが、結局""現時点での""大底はその後の3月16日で値としては年初の評価額からマイナス160だった。そしてその後は上がり続けて現在はプラ転した。プラ転した理由は、今のポートフォリオはリアルプレイス系事業の割合が低くてコロナによる外出自粛の影響を受ける割合が低いから。
しかし、日経平均は年初の24000円弱から現在は20000円弱へ約20%下がっているので、今評価額が上がっているのは長期保有ポートフォリオとしては逆に不健全だと考えている。そのため、今後は現在下げている企業をいくつか組み込んで""下げるべき時に下げる""ポートフォリオを目指していきたい。それは結果として健全なポートフォリオになるはずだ。

原作から入るかアニメから入るか

鳥類は初めてみたものを親だと思う習性があるじゃないですか。そのいわゆる刷り込み関連で、漫画(ラノベ)を原作とするアニメ作品、あるいアニメ化した漫画(ラノベ)について原作から入る場合とアニメから入る場合の違いをたまに考える。つまり、原作から入った場合原作のイメージがベースになるだろうし、アニメから入った場合アニメのイメージがベースになるだろうということ。
まず一番大きいと思うのがCV。アニメから入った場合CVに違和感を覚えることがない。というか、そもそもCVはアニメにしか存在しないし。しかし、原作から入った場合は脳内でキャラを喋らせることが多い(僕だけですか)ので自分の中でそのキャラの声の大まかなイメージが出来上がり、その結果アニメ化した際の担当声優によってはCVにとても違和感が覚えることがある。
絵柄については、これは普通に最初に触れた作品のイメージがそのままベースになるかなと思う。しかし、原作の作画担当によるけど、原作の作画が荒い場合は原作から入った場合でも相対的に作画が安定してそうなアニメの絵柄のイメージが強くなりそうな予感がある。

昔は原作から入る作品が多かったけど、最近はアニメ化前の原作作品を発掘する機会が少なくなってほとんどの作品がアニメから入っていることだなあ(詠嘆)