しふみんの日記

しふみんの日記です。

情報はできるだけ落とした方がいい

少し前に「マッチングアプリは難しい」という記事を書いたが、その際に自分には情報はできるだけ落とした方がいいという信念があるなと思った。

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「情報をできるだけ落とす」がどういうことかをマッチングアプリのプロフィールを例に取ると、「都内の企業で働いている」というプロフィールよりも「都内のエンタメ系の企業で働いている」の方が情報が落ちているし、さらに「都内のエンタメ系の企業でソフトウェアエンジニアとして働いている」の方が情報が落ちているというふうになる。
本当に細かい差ではあるが、後ろにいけば後ろに行くほど情報が落ちている。
なぜ情報はできるだけ落とした方がいいと考えるに至ったか? それは人狼ゲームの経験の影響が大きそうだ。

詳しい説明は他に譲るとして人狼ゲームを簡単に説明すると「村人側と人狼側に分かれて推理、説得、騙りを行う多人数のゲーム」だ。
プレイヤーには人狼を含めた色んな役職が割り当てられるのだが、その中には何も能力がない「村人」が存在する。
村人には能力がないため何も確定情報が分からない。何も分からない状態でどのプレイヤーが人狼なのかを推理しないといけない。
ただ確信が持てないからといって黙っているわけにいかない。確信がなくても「誰を人狼として怪しんでいるのか」「誰は村人として信頼できそうか」を話さなければならない。繰り返すが確信がなくてもだ。
なぜ「誰を怪しんでいるか/信頼しているか」を話さないといけないかというとそれ自体が他のプレイヤーが誰が人狼かを推理する貴重な情報になるからだ。
その理由が当てずっぽうでもいいし、結論が間違っていたとしてもかまわない。AというプレイヤーがBを怪しんでいる/信頼しているという情報自体に価値がある。
例えば、「AはBを人狼として疑っている」として、その情報だけでは人狼を特定しきれなくてもゲームが後半に進み仮にBが本当に人狼だということが判明したら、Aは人狼でない可能性が高い。なぜなら、人狼は数が少ないので仲間同士で敵対していると投票が集まり釣られてしまって勝てないからだ。まあかなり無理やし一般化したセオリーだが。
人狼が誰なのかを推理するためには各プレイヤーが自分視点の情報を落とす必要がある。逆にいうと人狼において情報を落とさないプレイヤーには価値がない。そのため人狼には「寡黙は釣り」というセオリーがある。寡黙なプレイヤーを残しておいても誰が人狼かには辿り着けないからだ。

マッチングの話に戻す。
マッチングにおいてなぜできるだけ情報を落とした方がいいかというと、その方がマッチングの精度が高まるからだ。もちろん、情報がごちゃごちゃしない、全く関係ない情報は落とさない程度などの前提はいくつかあるが。
マッチングには自分視点だけではなく相手からの選考という要素がある。自分からだけではなく相手が選ばなければマッチングは実現しない。
したがって、相手から判断できる材料は多ければ多いほど良い。材料がなければ相手が評価できないからだ。
冒頭の例は本当に細かいことだったけれど、例えば趣味をプロフィールに載せるなら迷うくらいなら載せた方がいいと思っている。相手からすると興味の引っ掛かりが増えるからだ。
もし、増やしたある情報を見て相手が合わないと判断するのであれば、その場合は相手から切ってもらった方がいい。マッチングは双方向性があるので相手画合わないと思えばそれは合っていないし、結果としてマッチングの精度は高まっていることになる。

いいマッチングとは何なのか?マッチングアプリに限らない広義のマッチングのゴールとは一体何なのか? そのゴールがもしマッチングの数ではなく質、つまり数多くのマッチングではなく一番最適なある一つのマッチングの実現をゴールとするのであるならば、情報はできるだけ落とした方がいいと僕は考える。

情報はできるだけ落とした方がいいという信念があるからこそ、まさにこの記事がそうであるように、ある物事に対して自分はこう考えているという情報を定期的にブログに書いているんですよ。
めちゃくちゃ広義に考えるとこのブログを読んでいる人は僕とマッチングしているわけで、そう考えると自分の情報を落として知ってもらっておいた方が後々の僕の人生が有利になると考えている。

そういうわけで、俺はあんたらの記憶のリソースをこれからも貰い続けるぜ!